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1周年。

 今日で一人暮らし1周年。
 なんかあっと言う間でしたね。
 今日もフランスパン焼きました(ちなみに昨日も焼いた)

 そういえば、ちゃんと書いてなかったので引っ越しした経緯なんかを今更ながら説明。
 西村さんの実家は祖父が始めた家具製作の工場でした。父がその後を継いだのですが、昨今の家具業界の性質上、これ以上仕事を続けても赤字が増えるだけと判断し、昨年の7月一杯で会社を自主廃業しました。
 負債はたくさんあったけど、倒産じゃないのが救い。もし無理して続けていたら、きっとリーマンショックのあおりを受けてもっと酷い事になってたかも。
 で、その負債がン千万あるので、土地を売って返済に充てる予定。
 というのは、まだ買い手がついていないみたいだから(あえて聞かない)

 犬、特にアイラが居るので庭のない所には住めないし、吠えもするから、引っ越しするなら田舎。さすがに仕事に通うにはちょっと遠い所になりそうだったので、一人暮らしにすることになりました。
 今だ両親が実家に住んでいるのにもかかわらず、早々に引っ越ししたのは西村さんがもの凄い量の荷物(と言う名のゴミ)を溜め込んでいたから。実際、今も実家の荷物片づいてないし(苦笑)
 親達の引っ越し先はこの夏に決定し、荷物も着々と運んでいるところ(この間帰ったらピアノとTVがなくなってた)
 土地の買い手が見つかったら、すぐに移り住めるような状態なので、西村さんの荷物もいい加減片づけなくてはなりません・・・(ちょっと焦ります)

 西村さんら子供たちに会社を閉める事が伝えられたのは廃業が決まってからでしたが、決めるまでには実質1年くらいはあったようです。
 元はお祖父さんがデザインして食器棚とか机とかを作っていたのですが、バブルの頃に造り付けのマンション家具の受注をするようになりました。当然仕事もバンバン来る。実際、小さい頃は毎日のように父は残業してた。
 社会人になった頃からかな、周囲の工場(木工所がたくさんあるところなので)が立て続けに廃業するようになりました。
 父親から取引先の手形に不渡りが出そうで、そうなったらうちも倒産する、という話をされたこともある。何で西村さんにそんな話を?とも思ったけど、たぶん愚痴れる友達が身近にいなくて、で手形の仕組みが解る子どもが西村さんだけだったからでしょう。
 廃業が決まる1年くらい前に、ぽろっと「会社継ぐ気ないか?」と言われた事があります。
 父も一般企業だったら定年の歳だし、跡継ぎがいないと銀行ってお金をなかなか貸してくれないんだよね。
 弟は2人いるけど、どっちも手先の器用さがイマイチで、デスクワークの経験が全くない、そもそも家業の詳しい事を知らない。
 工場ばかりで一般住宅がないところだったので、小学校に上がるまで、近所の歳の近い遊び相手は隣に住んでた従姉弟か年子の妹くらいでした。だからいっつも事務所や工場(こうば、と読んでください)に入り込んでは手伝いというか仕事の邪魔してた。だから自然と作業の工程を知っていたし、大体にそのころからもう物を作るのが大好きだった。
 迷ったけど、でも、返事出来なかった。
 継いでいたら廃業しなくても済んだかも知れないけど、どうしても「うん」って言えなかった。
 あの時継いでいたら、今は女社長ですよ(笑)

 仕事を継ぐか迷った時も、実家の廃業が決まった時も、友達に相談しました。
 結局は自分で答えを出すしかない、って言われるのは解っていても、やっぱり誰かに話したかったし、家業というものを背負っている人だからこそ、分かり合える部分があるから。
 一人暮らしを始めた当初は寂しくて仕方なかったりしたけど(今は平気)そのことも友達には話した。
 ちょくちょく遊びに来てくれるのは、そういう寂しさを気遣ってくれてるのも、きっとあるんだろうな。本人は何も言わないけど。

 今も住み慣れた土地を離れたのは寂しいと思うし、この先もう帰れなくなる日が来ることを考えると悲しくなる。
 でも、工場の中で嗅いだ木の合板と埃の混ざり合った香りや、機械を動かすコンプレッサーの音はたぶん一生愛おしく、覚えている限り西村さんは頑張れると思います。

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だって読めないもん・・・ごめんね。

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